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2018年11月 1日 (木)

【2018年,2019年】ひのはる坐禅断食会

Dscn0736_3 断食しながら坐禅する「坐禅断食」のリトリートです。
坐禅断食創始者、野口法蔵師の承認を得て松浦寿郎が主宰する会です。毎月1~2回行っています。
これからの開催日程は、順次このページでお知らせします。
     
   2018年
    12月14日(金)~16日(日)
  2019年
   1月12日(土)~14日(月)
   1月25日(金)~27日(日)
   2月8日(金)~10日(日)
   3月8日(金)~10日(日)
..
<坐禅断食のこと>
野口法蔵師の提唱する坐禅断食は、2泊3日の短期にもかかわらず、その効果が顕著です。坐禅と断食を並行して行うことによる相乗効果が大きく、心身を浄化し整える優れた方法です。

期間中に20分の坐禅と5分の経行のセットを15回行い、自律神経のバランスを整え、腸の動きを活発にし、3日目の明けの食事で一気に宿便を排出し、リバウンドを防ぐため、果物、豆乳ヨーグルト、天然酵母のパンなどを食し、腸内環境を整えます。

一般的に、断食は復食も考慮して行うので、1週間くらいかかるものが多いのですが、野口法蔵師の提唱する坐禅断食は、その方法に加え、参加者の自主性を重んじ初日と断食明け1週間の食事の管理を本人に任せることで、2泊3日での開催を可能にしたものです。
断食明け後の1週間は、ご自宅で食事に気をつけて過ごしていただくことになりますが、この方法だとリバウンドもほとんどなく自己管理も容易になり、効果的な体質改善が期待できます。
...
<リトリートとは>

リトリートとは、「ひきこもり」のこと。
日常から離れて、からだもこころも静かに休息することです。

自覚的なひきこもりは、からだにもこころにも、とてもよいです。
部屋は、男女別2~3人の相部屋になります。

<断食のこと>

柿葉茶と白湯を飲みながら、2日間(48時間:7食)の断食をします。
*1日目の朝食、昼食と夕食は、各自で抜いてきていただきます

食べない「がまん」をするのでなく、「食べないでいたらどうなるかな」と, その経過を感じ味わいましょう。

「食べてもいいし、食べなくてもいい」という意識でいたら、 食べることも食べないことも楽しめます。

<坐禅のこと>

坐禅は、2500年以上の歴史がある、「いま・ここ」に気づき(マインドフル)、「いのちの智慧」をひらく実践です。

昔も今も、そしてこれからも、世界中で数えきれない数の人たちが、ただお示しの通りに坐るだけで安楽の境地に入っていきました。

あれこれ、あたまで考えるよりも、まずは、からだで体験すること。やってみることが大事です。
ぜひ、やってみてください。

2泊3日の間に、20分の坐禅+5分の経行(きんひん:歩行禅)+30分の休憩、のセットを15セット行います
休憩時間は、自由に過ごしていただきます。坐禅がよりすすむように、からだほぐしなども行います。

坐禅は、苦行でも、がまん大会でもありません。
曰く、『ただこれ、安楽の法門なり』
からだを整え、こころのとらわれから自由になる道です。

調身(ちょうしん)・・・からだがととのう
調息(ちょうそく)・・・いきがととのう
調心(ちょうしん)・・・こころがととのう

ととのってゆく心地よさを味わいます。
からだの裡に、中心軸が立ちあがる心地よさ。
こころが静まり、空間とひとつになる心地よさ。

空腹の状態で坐禅をすると、自律神経のバランスが整い,腸が活性化し蠕動運動が活発になります。その結果、腸内にたまっていた宿便が排出され腸内環境が整い、裡なる「いのちの力」にスイッチが入ります。
からだもこころも、すっきりです。

<スケジュール>  *多少の変更あり。

1日目
  19:00 オリエンテーション
   *受け付け開始は18:30より。
   坐禅2セット

2日目
  6:00 起床
  坐禅10セットと合掌行

3日目
 6:00 起床
  坐禅3セット
10:00 明けの食事、シェアリング
13:00 終了、解散

*途中参加、部分参加希望の方は、ご相談下さい。

<参加費> 9000縁
      
<場所>

ひのはる庵
山梨県北杜市長坂町日野98
中央高速 長坂IC、須玉ICから7分。
JR中央線、日野春駅よりタクシーで5分もしくは徒歩で35分。
 

< 問い合わせ・申し込み>

メールでお願い致します。hisaomatsuura@nifty.com

【重要です】
現在病気治療中の方、服薬中の方、過去に大病をされた方、坐禅や断食が初めての方は必ずご相談ください。

<参考文献>

坐禅断食のススメ 
からだに効く坐禅  
  いずれも野口法蔵著  七つ森書館

西式甲田療法 甲田光雄 マキノ出版
<主催者プロフィール>

松浦寿郎(ひさお)
東京の東向島の生まれ。
東京学芸大学教育学部卒業後、公立学校で教職(特別支援教育)に就くかたわら、各種の心理療法、ボデイワーク、野口整体を学ぶ。
平成7年に来日したベトナムの禅僧で平和活動家のティク・ナット・ハンのリトリートに参加したことを機に坐禅に親しみ、日本各地の禅寺に参禅。四国遍路を歩いて結願し、出羽三山で修験道を行ずる。インドとミャンマーの仏跡を巡拝し、ヴィパッサナ瞑想を学ぶ。
平成20年 福井県小浜の仏国寺(曹洞宗)にて受戒得度し居士となる。法名「寿山善道
各種の断食メソッドを経験した後、坐禅断食創始者の野口法蔵師に坐禅断食を師事。
平成27年3月に、35年勤めた学校教師を退職し、古来より伝わる「いのちの智慧」を分かち合う場として山梨県北杜市に「ひのはる庵」を開庵する。
野口法蔵師の承認をうけ、平成27年5月より、ひのはる坐禅断食会を主宰。
(社)整体協会 会員(野口整体)
和みのヨーガ・インストラクター

2014年2月19日 (水)

アメノウズメノミコト頌

その昔、神と人と親しく交わりし時代、
スサノオなる男神あり。
この男神、心根はやさしかれども、今だ天地の愛を知らず。
たがため、こころひねくれ、乱暴狼藉す。

スサノオの姉なるアマテラス、
弟のスサノオの粗暴なる行いを悲しみ、天岩戸に引きこもりたり。

アマテラスなき世は、暗黒につつまれたり。
いくたの神々、アマテラスにこの世に戻って来ていただくべく、手をつくすも、かなわず。
そのとき、3柱の神々、すすみいでり。
アメノコヤネノミコト
アメノウズメノミコト
アメノタヂカラオノカミ
なり。
はじめに、アメノコヤネノミコト、
岩戸の前で、朗々と「まことのり」をせり。
その「ことだま」により、場がととのえられ清められにけり。

つぎに、アメノウズメノミコト、
樽の上にたち、神がかりして舞いおどる。

舞うほどに、身にまといしものを脱ぎおちて、
両手をひろげ、胸乳ゆたかに肢体あらわに「ちのみち」をとおせり。

アメノウズメを取りまきし幾多の男神、
みな手をたたき足を踏み鳴らし、アメノウズメの舞を愛で讃えたり。

陰と陽の力、一体となり上昇し、空間に満つ。
その愉しき陰陽の渦に誘われ、アマテラス岩戸を少しあけにける。
そのとき、すかさず、アメノタヂカラオノカミ、
たなごここで、アマテラスの手をとり、
「たなそえ」たり。
アマテラス、そのこころにむねうたれ、
再び世に現れ来たり。
私は、自分の内なるスサノオを自覚する。
対立、自己主張、政治&経済システム、組織、能率、原発、戦争etc

男の私は、 アメノウズメをとりまく神々の一人。

今、この困難な時期、
世界の、あちこちにおられる、幾多のアメノウズメノミコトたち。
どうか、のびのびと、たおやかに、力づよく、舞い踊ってください。

私は、この地上で、両手をさしのべ、
あなたがたをSany0120_2 、愛で、讃える者となりましょう。

2014年2月15日 (土)

若い女性の「修験道」ブーム

先日、出羽三山を代々お守りしてきた山伏の大先達の方の話を聴く機会がありました。山伏とは、修験道の行者のことです。

「行」をしている人の話は面白い。
それは、自分が「体験」し、何度も検証して「実感」したことしか話さないからだろうね。

お年は70を超えているが、少年のような無邪気な瞳と、青年のような若々しい身体、長老のような智慧を感じさせる風貌。ほんとに素敵な人でした。

山伏の修行は、命がけの厳しいものだそうですが、そのエッセンスを一般の人にも体験できるような3日間ほどの修験道体験を数年前から開催しています。

修験道は、昔は女人禁制。
男だけの世界だったけれど、最近は修験道体験には女性の参加が多いとのこと。
「こないだの会なんか、25人中20人が女性だったよ。」

女人禁制について。
「それはな、女性を差別してたわけじゃないんだよ。」

明治になるまでは、日本のあちこちに「女人禁制」の修行場所があった。
それは「女性差別」ではなく、
大先達曰く、「むかしはね、女性にはそのような修行は必要なかったからなんだね。」

月の暦で生活していた時代は、女性は女性としてふつう(つまり、子宮で感じ右脳で考える)に生活しているだけで自然と一体になれた。
しかし、左脳優位(つまり、バカなことばかり考える)の男性はそうではなく、女性と同じような直感を体得するには、なんらかの「行」が必要だから、ということ。

「男は、いのちを育み大自然と一体に生きる女を羨ましく思ったのさ。いいなあ~、とね。そこで、俺たちもそういう力を身につけたいと、女には秘密で山に籠ってこそこそやってた、というのがほんとのところじゃないかな。」

しかし、明治以後、西欧化を国策とした日本は、どんどん変わってゆく。
月の暦から太陽の暦に。
衣食住などの生活様式や産業・経済は、徐々に西欧資本主義社会のシステムに組み込まれてゆく。
神仏分離令が出され、修験道もご法度になる。

そのような、自然とはなれてゆく生活の変化の中で、女性が女性として「自然に生きる」ことが、だんだん難しくなってきた。
からだのリズムがおかしくなり、こころもおかしくなってきた。
「ちかごろ若い女性が修験道に関心を持つのは、女の自分が自然と離れおかしくなってゆくことへの危機を感じるからじゃないかな。こういう女の直感はすごいね。そのてん、男は、昔も今も鈍くてダメなんだな。」

修験道は、野山を駆け空を仰ぎ天地に祈り、自然のエネルギーと一体になる日本の地で生まれた「行」だ。
そのような行を、数百年にわたって守り継いできた大先達の話を聴きながら、私もぜひ、体験してみたい、と思いました。

2011年9月 9日 (金)

続・スピリチュアルな子どもたち

スピリチュアルな「重度重複障害児」について。

もちろん、すべての障害児がそういうわけではないけれど・・・・
生まれたときから、全介助の寝たきりなのに、なんであのような「大きな心」で生きている子どもがいるのか?

世間では、障害者を、超能力者や神のようにまつりあげたりする方々もいますが・・・・このことについて、思うこと。


自然出産で生まれた直後の赤ちゃんは、ほんとに「偉大」です。

しかし、だんだん育ってゆくと、どんどん「ただの子ども」になってゆきます。
特に、言葉をしゃべり始めるようになったら、加速度的に「ふつうの子ども」になってゆきますね。

これは、言葉をつかう、つまり思考することで、左脳ばかり使うようになって、右脳的な力が眠ってしまう、といってもいいかもしれません。使わないと、その機能は衰えてしまう。

しかし、重度障害児と呼ばれている子どもたちは、その障害ゆえに、左脳的な働きが機能しない、つかえない。
だから、右脳的な力、いわば「こころ」を使って生きてゆくしかなかった。
使えば使うほど、「上達」するわけで、その結果、あのような立派な心を内に育てあげたのではないだろうか?

そう思ったのは、自分のヴィパッサナ瞑想の体験からです。

ヴィパッサナ瞑想は、古代インドから中国に伝わって「禅」のもとになった瞑想です。

思考をストップさせ、からだとこころをひたすらに観察してゆく、とってもシンプルな瞑想です。

自分がヴィパッサナ瞑想を実践してみて、彼らは生まれた時からヴィパッサナ冥想の状態を生きている(生きてこざるえなかった)んだ、と思った。

ヴィパッサナ瞑想は、お釈迦さまが「悟り」をひらかれた冥想です。
ということは、彼らの中にお釈迦さまと同じような心境に近づいている子どもがいてもおかしくない。
お釈迦さまが存命のころ、7歳の子どもの阿羅漢がいたそうですから。

そして、お釈迦さまは、数々の「神通力」を身につけられましたから、彼らがいろいろ不思議な力をもっていてもおかしくない。

神通力といっても、別に「超能力」とかではなくて、人間の持っている能力を最大限に発揮した結果としてのもの。

こう考えると、彼らの「立派な心」や「スピリチュアルな能力」というものも、べつに、なにも不思議なことではない。

いわゆる「健常な」人は、あまりに心が粗すぎるので、繊細な心で生きている彼らがわからないだけ、なんだなあ・・・

スピリチュアルな子どもたち

特別支援学校で、重度の障害をもった子どもたちの教育に携わっています。

この業界にはいった時は、障害を持った子どもたちについて、『この子たちは、重度の障害という大きなハンディを負っている「かわいそう」な子どもたちなんだ。』と思っていました。

そして、

「何もできない」彼らに、少しでもこの社会に「適応して」生きてゆく力を付けてやらなければ、と思っていました・・・・・。

しかし、その後、最も「障害が重い」子供たちのクラスの担任をすることになりました。

生活は全介助。それこそ「芋虫のように」ごろごろしているだけの子供たち。
「できる、できない」という視点で評価されたら、それこそゼロ以下の子供たち。
彼らの姿を見て、「あれじゃあ、生きてても何の喜びもないだろうねえ。」と、口にする方もいる・・・。

しかし、数ヶ月、彼らと一緒に生活してみて、彼らの「聡明さ」に驚きました!
何もできない、なんて、今までの自分は、とんでもない思い違いをしていたことが分かりました。


「こころ」が豊かなのです。一緒にいると、ものすごく繊細でやさしい波動が伝わってきます。

彼らは、それがわかる人には、ゆたかにコニュニケーションを交わしてくれます。

「ことば」なんて、そんなものは必要ない。
「こころ」から「こころ」に、直接コニュニケートしている。

寝たきりでも、手足が動かなくても、「こころ」でどこへでも行ける。

この社会に「適応」なんて、とんでもない傲慢なことでした。
彼らにとっては、この社会は、いわゆる「健常」の人たちのこころの状態は、粗雑すぎるのだ。
彼らに教えるよりも、彼らから教えてもらうことのほうが、はるかに多いのです。

こんな「スピリチュアルな子供たち」が「重度重複障害児」と呼ばれているとは・・・・思えば、失礼なことです。

「スピリチュアル」な視点というのは、公教育の場では、口にできない雰囲気はありますが・・・すごく大事なことだと、しみじみ思います。

そんなことを考えている時に、この本に出会いました。

著者は、特別支援学校の教諭。
自分の日頃の思いを語ってくれているようで、うれしかった。

この本に書かれていることは・・・ほんとうのことですよ。

レビューヘルプ



この本は「1/4の奇跡」という映画にもなっています。
とってもいい映画ですぴかぴか(新しい)
http://www.yonbunnoichi.net/

2011年9月 7日 (水)

真の平和

『真の平和はつねに可能です。ただし、それには強さと忍耐がいります。とても無理だと思われるときにも、決してくじけない強さが必要です。平和と非暴力を、受け身や弱さと同義だと思っている人がいます。しかし、平和と非暴力を実践することは、まったく受け身などではありません。平和を実践し、平和を自分の中に息づかせるということは、たとえ誤解や衝突があっても、つとめて理解と愛と哀れみを育むことにほかなりません。平和を実践するには勇気がいります。とくに戦時中であれば、なおさらです。』

レビューヘルプ

 

禅的生活のすすめ―あなたに平和が訪れる

4.64点 ( 17人中)

2005
アスペクト
ティク・ナット・ハン, 塩原 通緒



久しぶりにハン師の本を開いたら・・・最初のページから、ぐっと心を掴まれた。

強さと忍耐。

あのベトナム戦争のさなか、大乗仏教は「慈悲の行」なり、と「行動する仏教」を提唱・実践し、そのために亡命生活を余儀なくされたハン師のひとつひとつの言葉には重みがあります。

「忍耐」は「我慢すること」ではありません。
我慢は、その底に「怒り」が隠れていますから、自分もまわりも、どんどんダメにしていきます。
忍耐とは、今&ここの「気づき」をキープし続けること、かな。
妄想に嵌ったり、いわゆる「スピリチュアル」へ逃げるのではなく、「今・ここ」を外さないこと。
そして、それには、強い心が必要です。
瞑想(坐禅)は、あたかも筋トレをして筋肉をつけていくように、繊細で強い心を育てる「心の筋トレ」です。

それにしても、この本、原題は「Creating True Peace」というのですが、ちょっと日本語の題名はかたいなあ・・・あせあせ

2011年9月 5日 (月)

[夢」が実現すること、について

編集する全体に公開

2011年09月05日06:16
ドリームカウンセリングをやるMさんとの話から。


「よく夢で見たことが後で現実になったっていうのがあるでしょ。いわゆる『正夢:まさゆめ』ってやつね。HISAOさん、経験ない?」

「うん、あるよ。」

「あれはね、その夢が『未来を予知した夢』という見方もあるけど、別の見方もあるのよね。それは、夢で見たことで、意識がその方向に向き、心のエネルギーがその方向に現実化したっていう見方。」

「つまり、未来を予知したんじゃなくて、その夢が未来を創りだした、っていうことかな。」

「まあ。そういうことね。心のエネルギーはニュートラルだけど、意識がそれに方向付けすると、心のエネルギーは、その方向へ向かって働き出すのよ。そして現実が創られてゆくってことね。」

「お釈迦さまも、同じようなことを言ってるよ。『冗談にも、人の不幸を思っていけないよ。今、自分が何を思い何を考えているかに、注意深くありなさい。』ってね。」

「お釈迦さまは、心のエネルギーの働き方をよくご存じだったのね。」

「心のエネルギーの大きさもね。それを、スマナサーラ長老は『一人一人が、自分の裡に原爆を何個も抱えてるんです』って言っているよ。特に『怒らないように』ってよく言っている。」

「そうなの。怒りのエネルギーの破壊力は強烈なの。自分にも人にも、放射能よりもはるかに大きなダメージをあたえちゃうのよ。」

「スマナサーラ長老の毒舌は有名なんだよな。ぼくは面と向かって『あんたバカですよ!』って怒鳴りつけられたこともあるよ。でも、そう怒鳴りつけられても『おのれ~!』って感情は起こらなかった。」

「それは、長老の毒舌が、怒りじゃなくて慈悲の心からくるものだったからよ。」

「原発の問題で、いろんな人がいろんなことを言っているけど・・・自分の言いたいことをきちんと伝えることは、すごく大事だけれど、それに怒りの感情を絡ませないように気をつけてないと、放射能以上の猛毒を垂れ流すことになりかねないんだね。」

「そうなの。ほんとに、ご用心なのよ。」

2011年7月 8日 (金)

わの舞

中心軸につながること。
これほどだいじなことはない。

中心軸につながっていないと、何かショックなことが起きると、からだも心もぶれてしまう。そして、その自覚がないままに行動を起こすと、パニックになる。

自分で「ぶれてない」と思っているときほど、実はぶれぶれなのだ。
ただ、それに気づけないだけ。

しかし、身体の「型」から入ると、それに気づける。
ぶれている時は、心はあてにならないが、身体はあてになる。

ぼくの実感からいうと、中心軸というのは、そういうものがあるのではなく、自らの裡に「育てあげる」もの。だから「お稽古」が必要なんだ。
自己流で「ながして」いたら、それだけのものにしかならないね。

おさえるべきポイントをおさえ「型どおり」に舞うという作業を通じて、自分の裡に中心軸を育ててゆく。そして、一体になる。

自我(エゴ)は消滅し、ただただ「エネルギーのながれ」だけになる。
それを一瞬でもかいま観れたら・・・「自分」という執着を手放し、自由自在になれる。
これは、実際にやってみて体験し、みずから腑におちる以外に分かりようがないものだから、先人はそのための「手ががり」になるように「型」として残して下さったんだと思う。

古代の人は、人間が進化の過程で「自分」という意識をもったことの「あやうさ」に直観的に気づいていたんだと思う。
自分という意識(つまり、エゴ)は分離をもたらす。だから、バランスをとるためにみんなで寄り集まっては舞っていたのかもしれないね。
古代の人たちにとっては、舞いやダンスは、パフォーマンスなんかではなく、みんなで幸せに暮らしてゆくために「必要なこと」だった。
そう、毎日ごはんを食べるのと同じように、必要なことだった。

そして、だんだんそういう場が少なくなり、「自分」という意識の肥大した心が創りだしたのが今の「現代文明」だね。はたして、それはほんとの幸せだろうか?

わの舞を主催しておられる千賀先生には、みんながもっているはずのDNAの記憶を「そういう場」を通して思い出してほしい、という願いを感じます。

わの舞を舞ってみて、自分がぶれぶれだったことに気がついた。
おかげで、元気になれました。ありがとうございますクローバー

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